8月11日。
発達支援児放課後デイサービス『ひまわり青空っ子』さんで、保護者の方向けにスピーチをさせていただきました。
このきっかけがまぁ運命なんです。
7月22日、門司で本の手売りイベントをしていたら、この施設の先生がふらっと来てくれて。
加えて施設に僕のチラシを貼ってくださりとか、いろいろ協力いただいて……。
その流れで「しょうたさん、もしよかったら保護者の方向けにスピーチお願いできませんか?」となった感じ。
ま、ここだけの話、
(保護者かぁ、緊張するなぁ……)とシャイボーイの僕は瞬時に断りの言い訳を200個くらい思いつきました。
というのも、僕の身近には障がい(という言葉を連発するのがなんとなくイヤなので、以下〝特性〟と言います)を持つ子どもや家族はいません。
加えて僕自身は結婚もしていませんし、もちろん子どももいません。
つまるところ、「あんたになにがわかるんだ」という立場なわけです。
じゃあなぜ、話すことにしたのか?
それは、ここ4年の出来事を振り返り、
僕自身が「人との出会い」「環境の変化」によって、現状を変えるための〝きっかけ〟を得ることができたと思ったからです。
1冊の本との出会い、1本の映画との出会い、たった1人の人との出会い。
そういう出来事が、僕が変わる〝きっかけ〟になった。
なので「僕の話でほんのわずかでもお力になれたら」と思い、お受けしました。
ちなみに、そのとき話したテーマがこれです。
「変えられないことではなく、変えられることに目を向ける」
哲学者かってくらい抽象的なテーマですが、なるべくわかりやすいようにしたつもりです。
特性を持ったお子さんがいる保護者の方以外でも、
- 「自分には才能がないから無理」と思い込み、挑戦を諦めてしまっている人。
- 周囲の環境や人間関係に振り回され、「どうにもならないこと」に気を取られている人。
- 新しい一歩を踏み出したいけれど、何から変えていいかわからない人。
に少しでもお役に立てばうれしいです。
(こんな感じで、かなり距離近めでした)
遺伝か、環境か。映画『まったく同じ3人の他人』から学んだこと
スピーチの中で、僕はある映画の話をしました。
『Three Identical Strangers』(邦題:まったく同じ3人の他人)という、アメリカのドキュメンタリー映画についてです。
この映画は、遺伝研究のために「一卵性の三つ子が生まれてすぐ、別々の家庭に養子に出し、その成長過程を記録する」という衝撃的な実話をもとにした作品です。
しかもそれぞれ、低所得・中流・高所得というまったく違う環境で育てられました。
「一卵性の三つ子」となると、DNAはほぼ同じ。
要するにこの研究の意図は、「人間の成長は、遺伝か、環境か。どっちの影響が大きいんだい?」というのを調べてるわけです。
(「倫理的にどうなん?」というツッコミは置いときましょう)
そしてその研究結果を結論から言うと、
「同じ遺伝子を持っていても、育つ環境によって人生は大きく変わる」というものでした。
具体的な数値は明記されていませんでしたが、だいたい遺伝50%、環境50%。
場合によっては、環境が上回ることもある、といったところです。
(詳しく知りたい方は映画観てください。Netflixで観れます)
もちろん、遺伝の影響が多い部分もあります。
- 顔立ち
- 髪質
- 身長
- 体質
- 運動能力
- 性格の傾向
こういった部分はかなり遺伝に左右されます。
まぁこんなのは、ぶっちゃけ研究だの論文だの持ち出さなくても、生きてればわかりますよね。
学校生活や部活など、人と関わる場を経験してきた人なら誰でも感じているはずです。
でも、それらを「どう活かすか?」「どの方向に伸ばすか?」は、環境が決めます。
たとえば同じ大根の種を植えても、土や水、日光の量が違えば育ち方はまったく変わりますよね。
ミネラルが豊富な土壌ならぐんぐん育つし、痩せたこけた土地では芽が出るのも難しい。
それと同じで、持って生まれた特性や才能を活かすには、土壌、つまり「環境」をどう整えるかがめちゃくちゃ重要なんです。
なんの種なのか、それ自体はもう変えられない。
でも、畑を耕す方法や水やりの仕方は変えられる。
だからこそ、障がいの有無や生まれ持った違いに関係なく、その子が持つ特性や才能を伸ばすための「環境づくり」に力を注いでみてはどうか。
偉そうにそんな話をさせていただきました。
僕自身も、環境で変わった
僕は昔から人前で話のが大の苦手です。
もっと大きなくくりで言えば、「本番」という一発勝負の場面が本当に苦手なんですよ。
たとえば「本の出版」って出版日こそ本番かもしれませんが、僕にとってはコツコツ準備してようやく迎えるゴール、みたいな感覚なんです。
「手売りイベントします!」なんてことしなければ、こっそり出版を迎える感じ。
一方で、野球の全国大会や、サッカーのワールドカップ、超重要な会議でのスピーチ。
そういう過度な緊張や期待、プレッシャーがかかった状況が本当にダメなんです。
というのも僕、焦りや緊張が大きくなると、もうパフォーマンスが100分の1くらいまで落ちちゃうんですよ。
出木杉くんがのび太になったくらいポンコツマシーン化します。
野球を10年、ソフトボールを3年やっていましたが、大きな大会になると毎回そんな感じでした。
それが先月、愛知に帰ったとき。
友人、知人、先輩、後輩、先生方から口を揃えて言われたのが「翔太、変わったね」でした。
「昔は人前に出るタイプじゃなかったよね」
「自分から何かをやる人じゃなかったよね」
「真面目で、物静かで、堅実にコツコツ働くタイプだと思ってた」
「たしかに」と、僕も思いました。
昔のままだったら、人前でスピーチをすることは10000000%なかった。
じゃあなんで、今はやるようになったのか?
それが「環境の力」と思った次第です。
自分でビジネスをしている人。
セミナー・講演を定期的にしている人。
そんな人たちが当たり前にいる環境に身を置き続けたことで、「人前で話すって、案外大したことないな」と思うようになっていった。
もちろん、それはあくまで勘違いで、いざ自分がやるとなると緊張するんですけどね(笑)
ただ、「それが当たり前だと勘違いできる」というだけでも、環境の力って凄まじいなぁと思います。
ってな感じで………
僕は実体験としても、変えられないこと(遺伝や性格)より、変えられること(環境)に力を注ぐほうが問題解決に繋がるし、むしろそれしかないと思ってます。
変えられない事実は、優劣でも善悪でもない
マリオカート逆走してるくらい話が逸れたので、戻します。
お子さんの特性や、生まれ持った性格。
これはもう変えられません。
でも、変えられないというだけで、
それが優劣や善悪を意味するわけではありません。
これは慰めでも精神論でもなく、ただの事実です。
だから、お子さんの特性にひけ目を感じたり、周囲に申し訳ないと思ったりする必要はないと僕は思うんです。
もちろん、僕は子育ての経験がないので、
親御さんの気持ちを完璧に理解することはできません。
でも1つだけ間違いなく言えること。
それは特性があろうがかなろうが、
「僕たち人間ができるのは、変えられるものを変えていくことだけ」ということです。
変えられるものって、そんなに多くありません。
せいぜい「自分の行動」「自分の選択」そして「環境」くらいだと僕は思います。
それに環境を変えると言っても、いきなり大きなことをする必要はありません。
たとえば、
-
場所や空間の変化
→ 家の中の勉強机の位置を変える、公園や図書館など普段と違う場所で過ごしてみる。 -
出会う人や関わるコミュニティ
→ 習い事や地域イベントに参加してみる、年齢やバックグラウンドが違う人と話す機会をつくる。 -
体験や活動の幅
→ 新しいスポーツや趣味に挑戦する、日帰り旅行で新しい景色や食べ物を体験する。
くらい。
これがどんな役に立つのか。どんな変化をもたらしてくれるのか。
そんなこと考えなくていいんです。
小さな工夫の積み重ねが、土壌を耕すように、その子の特性や才能を伸ばす土台になると、僕は思います。
そして、ここから先の「お子さんの特性に合わせた環境づくり」は、僕よりも専門的に関わっている方に聞くのが1番です。
僕の話なんて吉野家で流れるBGMくらいに聞き流して、専門家の方に具体的なアイデアを聞いてほしいと思います。
現場で日々お子さんと接している方のアドバイスは、的確で、なおかつすぐに役立つと思うので。
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……という話をしようと思ったのですが、緊張して100分の1くらいしか話せませんでした。
雑魚カスですね。
「まぁ学校の授業と比べれば、緊張せず話せるだろう」と、屋台で売ってるリンゴ飴並みに甘い考えをしていた2日前の自分のもみあげをつねってやりたい気分です。
「人前に出る場数を増やして慣れていこう」
そう思った出来事でした。
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