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僕が『紙の本』を信頼する理由。

考え方・日々の気づき

 

いきなりですが、質問です。

 

あなたは普段、どこから『情報』を得ていますか?

 

YouTube、Instagram、TikTok、

X、スレッズ、Facebook、

ブログ、電子書籍、ニュースサイト、

最近では、AIも筆頭候補。

 

いやぁ、便利な時代になりましたよね~。

 

スマホをポチポチするだけで、世界中の情報が手に入る。

いや、なんならポチポチしなくてもSNS開いただけで出てくる。

もはや情報を得ることに関しては、スマホ一台あれば困らない時代です。

 

そんな中、僕が信頼を寄せている情報源は別にあります。

 

それが

『出版社から刊行された紙の本』

 

電子書籍ではなく、実際に紙に印刷された本。

なおかつ、個人ではなく出版社をとおして出ている本です。

 

 

もちろん、紙の本に書かれている情報がすべて正しいと思っているわけではありませんし、

オンラインのコンテンツすべてが信頼に欠けるとも思っていません。

 

ただ、僕はほかの情報源と比べても、紙の本には特別な信頼を寄せています。

なぜか――?

 

実はこれ、2025年に僕自身が商業出版を経験したことで、より強く感じるようになったことなんです。

 

 

 

紙の本は、簡単に書き換えられない

僕が紙の本を信用する最大の理由。

それは、「一度出版したら、簡単には修正できないから」です。

 

例えば、ブログ。

記事を公開した1秒後に「あ、ここ間違えてる!」と気づいたら、管理画面を開いて修正すればいい。

ものの数秒で修正完了です。

 

SNSもちょちょいのちょいで修正完了。

電子書籍だって、販売形式や配信サービスによって手続きは違いますが、修正版をアップロードすることは容易にできます。

 

 

ところが、紙の本はそうはいきません。

一度印刷され、全国の書店や読者の手に渡った本は、後から簡単に書き換えることができないんです。

 

 

重版の際に修正することなどは可能ですが、

すでに世の中に出回っている本まで、すべて書き換えられるわけではないんですよね。

 

 

これ、著者からすると、けっっっっこうなプレッシャーなんですよ(笑)

 

 

だって、想像してみてください。

 

「あとから何度でも修正できますよ(^^♪」

と言われるのと、

 

「これ、一度世に出したら修正できませんからね……!!!」

と言われるのとでは、緊張感がまるで違いませんか?

 

少なくとも僕は違いました。

やっぱり、「修正できない」となれば、校正や事実確認も本気になりますよ。

 

 

 

約85,000文字の原稿を30回読み返した話

実際、僕は2025年7月に『失敗の手紙 二十歳の俺から、未来の僕へ』という本を商業出版しました。

そしてこのときの校正作業が、ま~あ大変だったんです(笑)

 

原稿は約85,000文字。

この文章を、最初から最後まで何度も何度も読み返しました。

 

何回読んだのか?

正確には覚えていませんが、控えめに言っても、30回は最初から最後まで通読しました。

 

85,000文字×30回。

なんと、延べ255万文字。

 

……いや、読みすぎだろ(笑)

 

気になる部分だけを読み返した回数も含めれば、同じ文章を100回以上確認した箇所もあります。

 

誤字脱字はないか。

文章に矛盾はないか。

本当にこの表現で読者に伝わるのか。

この言葉で、誰かを傷つけることはないか。

 

もうね、最後の方はゲシュタルト崩壊寸前でした。

 

「この日本語、本当に日本語だよな……?」

そんな境地に達するくらい(笑)

 

では、なぜそこまで入念に読み返したのか——

 

それは、「この文章が、修正できない形で世の中に残る」という〝緊張感〟と、

「出版社の名前を背負って出版する以上、自分一人の問題ではない」という〝責任感〟があったからです。

 

 

僕はこれまでブログや電子コンテンツも制作してきました。

当然、そちらも真剣に書いています。

 

ただ、正直に言えば、ブログの記事を30回も読み返すことはありません。

毎度30回も読み返していたら、ゲシュタルト崩壊で脳が焼き切れると思います(笑)

 

とはいえ、だからといってブログやSNSなら適当に発信していいわけではないですし、

どんな媒体であっても、発信する言葉に責任が伴うのは事実です。

 

ただ、「後から修正できる」という安心感が、公開する際の心理的なハードルを下げている。

少なくとも、僕自身はそう感じています。

 

 

 

国立国会図書館で、自分が死んだ後も残り続ける

そして、もう一つ。

僕が紙の本に特別な重みを感じる理由があります。

 

それが、『国立国会図書館』の存在です。

 

実は日本には、国内で発行された出版物を国立国会図書館に納める『納本制度』という仕組みがあります。

 

簡単にいうと「国民の文化的資産として、本を後世に引き継ぎましょう」といった感じの仕組みで、保存期限なく、恒久的に保存されます。

 

つまり、僕が書いた文章が、50年後、100年後の誰かに読まれる可能性だってあるわけです。

 

これ、ものすごいことだと思いませんか?

 

僕がこの世からいなくなっても、僕の書いた文章が残っているかもしれない。

そう考えると、なんだかロマンを感じる…………と同時に、怖い部分もあります。

 

 

今の時代、『デジタルタトゥー』なんて言葉がありますよね。

一度ネット上に公開された情報が、転載や保存によって、完全には消せなくなることを指す言葉です。

 

もちろん、紙の本とは仕組みも意味合いも違います。

ただ、「一度世に出した言葉を、完全になかったことにはできない」という点では、少し似ている気がするんです。

 

『たった一文でも、何十年も先の誰かが読むかもしれない』

 

そう思ったら、やっぱり慎重になりますよね。

 

僕自身、出版前にあれほど徹底的に原稿を読み返したのは、

この「言葉が残り続ける」という責任を感じていたからだったんじゃないかなと、今振り返ると思います。

 

 

やっぱり僕は、本が好き

と、いうわけで、今回は僕が紙の本を信用する理由についてお話ししました。

 

簡単には修正できないこと。

そして、自分が亡くなった後も、言葉が残り続けるかもしれないこと。

こうした制約や責任が、文章に向き合う姿勢を変えることもある。

 

だからこそ僕は、数ある情報源の中でも、

出版社から刊行された紙の本の情報に、より大きな信頼を寄せている感じです。

 

まぁだからといって、明日から僕の生活が何か変わるわけではありませんが(笑)

そもそも、僕は本を読む行為自体が好きなんで。

 

これからもいろんな本を読んで、いろんな人の考え方に触れて、自分の世界を広げていこうと思います。

 

…………

……………あ、そうそう!

せっかく本の話をしたので、最後に最近読んで「これは良かった!」と思った一冊をご紹介しておきます。

興味があれば、ぜひ手に取ってみてください(^^)/

 

最近読んで良かった本5選

① 幸せジャンクション

50歳を過ぎ、これからの生き方を模索している人におすすめ。分岐点は、突然やってきます。
 

② ケーキの切れない非行少年たち

〝人を許せる心の範囲〟が広くなる本だと感じます。ケーキを「わざと」でたらめに切っているわけじゃないんです。

 

③ あなた次第でこの世界は素晴らしい場所になる

「なにが起きたか?」より「どう捉えるか?」 すべては自分次第。

 

④ おとなになるのび太たちへ

大人になって消えてしまったた心はありませんか? 僕はありました。

 

⑤ 仕事は楽しいかね

日曜日の夜が憂うつな方へ。今の仕事は楽しいですか?

 


 ブログ運営者の出版書籍 
▼ ▼ ▼ ▼ ▼

僕の商業出版本です。

『失敗の手紙 〜二十歳の俺から、未来の僕へ〜』

― 過去の自分を愛し、一歩踏み出す勇気を届ける物語 —

僕はこの本に出てくる「二十歳の手紙」を読んで、人生が一変しました。

読んで後悔はさせない自信がありますので、ぜひ商品ページのあらすじだけでも覗いていただけると嬉しいです。


この記事を書いた人
片山翔太

2000年生まれ26歳。やぎ座。
著書『失敗の手紙』(日本橋出版)

愛知県田原市出身
京都府京都市右京区在住

26歳にして人生初、鳥貴族に行きました。

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