ども、神輿を極めし者、片山です。
京都に引っ越して1カ月。
26歳にして人生初、神輿を担ぎました。
肩が猿のケツのごとく赤く腫れあがってますが、その代償としてなかなかいい学びを得たのでブログにまとめようと思います。

(キメ顔してますが、内心めちゃくちゃ帰りたくなってます)
そもそも、なぜ神輿?
今回参加したのは、京都市右京区・山ノ内で行われた『山王祭り』
シェアハウスの大家さんに誘っていただいたことがきっかけです。
ただ、正直に言いましょう。
今までの僕だったら、間違いなく断っていました。
というのも、僕は地元のお祭りですら、ほぼ参加しません。
神輿なんて疲れるので論外。
むしろ子どもの頃から、神輿を担いでいる人たちを見て、「この人たち、なんでこんなにがんばってんだろう?」と冷ややか~な視線を送っていた側の人間です。
だって、休日にわざわざ重たい神輿を担いで町を練り歩くんですよ?
しかも、給料は出ない。
それどころか、今回は足袋や短パンまで自腹で購入。
労働条件だけ見たら、なかなか攻めた求人です。
そんな僕が今回、なぜ参加する気になったのか――。
実は、ある一冊の本が関係しています。

「いつかやろう」の『いつか』っていつ?
それが、ビル・パーキンス氏の『DIE WITH ZERO』です。
社会人1年目くらいのときに一度読んだ本なのですが、京都へ引っ越してから、ふと読み返したんです。
(表紙が青くて目立ってたからね)
すると、以前はあんまり響かなかった内容が、今回は妙に心に刺さりました。
とりわけ心にグッときたのは、
人間には、いろんな『期限』がある
ということ。
人はいつか死ぬ。
だからこそ、やりたいことを先延ばしにせず、限られた人生をどう使うか考えよう。
もちろん、こういう意味もあるのですが、
この本の表す『死』って、なにも心臓が止まることだけを指しているわけではないんですよね。
それが『情熱の死』です。

たとえば、20代は10年間しかありません。
30代も10年間、40代も10年間、50代も10年間です。
もっと細かく言うと、25歳は1年間。26歳も1年間。27歳も1年間。
……と、当たり前すぎて、算数の授業みたいになってきましたね(笑)
でもこれって、意外と抜け落ちている感覚だと思うんです。
26歳の自分が今やりたいことを、30歳の自分もやりたいと思っている保証はありません。
30代の自分がやりたいと思っていることを、50代の自分もやりたいと思っているかはわかりません。
これ、実は僕もけっこう心当たりがあって・・・・・
たとえば2年前、福岡に住み始めた当初、「佐世保(させぼ)バーガー食べてぇ!」と思っていたんですよね。
バー検1級(バーガー検定の略)の誇りにかけて、絶対サセボリたいと思ってたんです。
でも、佐世保は長崎県。
新幹線代も7,000円弱かかるし、時間も2時間半くらいかかる。
「……まぁ、いくらでも行く機会はあるんだし、まだいっか」
そんな先延ばしを繰り返していたら、結局最後まで行かず、なんなら興味すら失ってたんですよね(笑)
佐世保バーガーは何も変わっていないのに、僕のバーガースピリットだけが退化してしまっていたわけです。
「いつかやりたい」
――その『いつか』の自分が、同じ気持ちかはわからない。
案外、忘れてしまうことなのかもしれません。

京都生活、賞味期限は約1年。
実は僕、今回の京都生活に期限を設けています。
基本的には1年間。長くても2027年12月まで。
つまり、「山王祭りの参加は、最初で最後の機会だったかもしれない」ということです。
『DIE WITH ZERO』を読んだせいか、あるいは僕の精神年齢がUPしたのか。
不思議と、「まあ、せっかくだし担いでみるか」という気持ちになったんですよね。

ちなみに、これと似た経験は過去にもありました。
東京から北九州(福岡)へ引っ越す前。
最後の1カ月で、「それまで行こうと思いながら行かなかった飲食店」を2日に1回くらいのベースで行ってたんです。
節約マイスターの風上にも置けない豪遊っぷりですが、うまい店がたくさんあるんだから仕方がない。
北九州から京都へ引っ越すときも同じ。
約2年間も住んでいたのに、引っ越しが決まった途端、「そういえば、あそこ行ってない!」「あのお店も行きたかった!」と、急に観光客みたいな行動を始めました。
「いや、今まで散々時間あっただろ」と。
自分で自分にツッコミを入れたくなります。
でも、これこそが今回の学び。
終わりを意識すると、物事の優先順位が変わる。
「いつでもできる」と思っているうちは後回しにしてしまう。
でも、「もうできなくなるかもしれない」と思うと、急に優先順位が上がるんですよね。
だから今回、仕事に使えたはずの約6時間を神輿に捧げることにしました。
ついでに肩の皮膚も捧げることになりましたが。

(猿田彦神社。猿田彦珈琲の由来の神様)
緊急ミッション発生
ところが、いざ参加するとなると、ひとつ問題が……!!
「白い短パン」が必要だったんです。
しかも、それを思いだしたのは祭りの前日の正午0時。
もう24時間切ってます。
「ヤベェ!!」と思いながら、急いでユニクロに駆け込んだものの、時期は10月中旬。
すでに秋冬シーズンに突入しており、短パンの姿はどこにもありません。
そりゃそうですよね。
世間が衣替えを始める季節に、僕だけ夏休みを取り戻そうとしているんですから。
「しまむらなら!」と思い希望を託すも、同じく短パンは季節外れ。
ラストの希望を託し、近くのスーパーの衣料品コーナーへ――

「あった!!!」
発見したのは、見たこともないメーカーの短パン。
しかもなんと! 在庫処分セールで540円!!
やっぱり神は存在するんだと思った瞬間でした。
ただ、ひとつ問題が……。
その短パン、白というより、ほぼベージュだったんです。
でも、僕にはもう時間がありません。
「小学6年生から履いてる黄ばんだ白パンです」と言えば押し通せるレベルだったので、購入を決意しました。
こうして、540円の短パンを携え、いよいよ人生初の神輿へ――
いざ出陣! ところが、想像と違う。
そして迎えた山王祭り当日。
15分遅刻して山王神社に行ったら、白い法被を纏ったオジたちが鎮座してました。

(はじめての光景。笑)
そして儀式みたいなのを終えた後は、
午前11時半頃から午後6時頃まで、神輿を担いで町を回りました。
いやーこれがね、想像以上に楽しかった!
祭りに心臓を捧げた玄人がたくさん集まって、なんかこう……男気が発酵しているようなむさくるしい空気で途中から嗅覚がイカれちゃいましたが、それでも楽しかった!!
もうね、とにかく食べ物が出てくるんですよ。
町のあちこちに接待所があって、地域の方々がいろんな食べ物を振る舞ってくださるんです。
おにぎり、寿司、パン、コロッケ、
ウィンナー、お菓子、フルーツ、お茶、ビール・・・・・・
もう、ありとあらゆるものが登場します。
しかも10分に1回くらいの頻度で。
最初は「ありがたい! これで回復するぞ!」なんて思っていました。
が、もう途中から、
お腹が減らない。
いや、むしろ苦しい。
神輿を担いでカロリーを消費しているはずなのに、それを上回る勢いで食べ物が供給されてくる。
もはや神輿を担ぐ合間にご飯を食べているのか、ご飯を食べる合間に神輿を担いでいるのかわからない。
気分は完全に町内食い倒れツアー。
しかも、ビュッフェ形式の食べ放題。
神輿だけに神興行でした。


(ほぼずっと食てました。ありがたや)
祭りを終えた頃には、もう満身創痍。
肩は内出血と擦り傷でボロボロでした。
お腹は至れり尽くせりのホワイト企業。
肩は容赦ない肉体労働のブラック企業。
同じ身体とは思えない待遇格差です。
とはいえ、これだけたくさんの食べ物を用意し、振る舞ってくださった地域の方々には、本当に感謝しかありません。
おかげさまで、身体も心も満たされました。
肩以外は。
「見る側」と「つくる側」は違う。
さすがにふざけすぎてただの備忘録になっているので、ここからは少し真面目な話・・・・・・・
今回、神輿を担いでみて感じたことがあります。
それは、
『やっぱり僕は、何かをつくる側にいるのが好きなんだな』
ということ。
今までは、外から神輿を見ても「盛り上がってんなあ」くらいにしか思いませんでした。
でも、実際に担いでみると違うんです。
みんなで声を出し、力を合わせ、町全体でひとつのお祭りをつくり上げていく。
神輿を担ぐ人、食べ物を振る舞う人、祭りを準備する人、安全を守ってくれる警察の人、そして、周りで応援してくださる、たくさんの地域の人々。
それぞれの力が集結して、この大きなエンタメをつくっている。
百聞は一見にしかず。百見は一担ぎにしかず。
そんなことわざはありませんが、そう思いました。
そして、この感覚は僕の大好きな『本づくり』にも通じている気がします。

僕は本を読むことが好きです。
『DIE WITH ZERO』のように、一冊の本から新しい考え方・価値観を得られるのは、読書の醍醐味だと思います。
ただそれ以上に、僕は本を〝書くこと〟が大好きなんです。
2025年7月に、初めて自分の本を商業出版しました。
振り返ってみると、特に楽しかったのは、原稿を書き、試行錯誤し、一冊の本をつくり上げていく時間でした。
本を読んで学ぶのもいい。
でもやっぱり、誰かに新しい気づきを届ける側でありたい。
「祭りごときで大げさな」と思うかもしれませんが、
改めて、〝楽しい〟は「見ている側」より『作る側』のほうが充実感があるなと思った一日でした。
限られ短時間の中で
人生初の神輿体験。
得たものは、たくさんの学びと、地域の方々との交流、そして満腹感。
失ったものは、足袋代と短パン代、そして肩の皮膚の一部。
なかなか収支の計算が難しい一日でした。
でも、参加して本当によかった。
きっと、今までの僕だったら経験できなかったことです。
「いつかやろう」の『いつか』は保証されていない。
〝楽しい〟は「見ている側」より『作る側』のほうが充実する。
この2つを、京都引っ越し~「DIE WITH ZERO」~山王祭りの一連から教えてもらいました。
これからも、限られた時間の中で、いろんなことを経験していきたいですね。
そして、僕自身もまた、誰かに新しい発見を届けられるような本をつくっていきたい。
ま、とりあえず……その前に肩を治します。
神輿を極めし者、現在、肩の回復待ちです(^^♪

(お疲れさまでした)




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