2026年9月10日。
2年2カ月住んだ北九州を離れました。
ということで、iPhoneのライブラリを遡ってみました。
2年前、北九州に来て最初に撮った写真がこちら⇩

(藻?)
そして2年後、北九州で最後に撮った写真がこちら⇩

…………。
どんだけ食い意地はってんだよ。
ってか2年前の俺、料理ヘタすぎだろ。
ホームセンターで売ってる園芸用の土か。
動物園のエサ作りのバイト紹介したいレベルです。
2年2カ月も住んでいれば、人は多少なりとも成長するものだと思っていました。
が、僕の場合、食欲だけはブレなかったようです。
ちなみに、京都に来て最初に撮った写真がこちら⇩

質素すぎwww
——はい。そんなわけで、京都に引っ越しました。
「京都」と聞くと、
石畳。
お寺。
舞妓さん。
古き良き日本。
迷宮のクロスロード。
みたいなものを想像していたのですが、
実際に住んでみると・・・・・
マックとスタバ、多すぎる……!!
全然「古きよき日本」っぽさない……!!
——そんな京都生活もスタートして早3週間弱。
20日前まで北九州にいたことが信じられないくらい、すでに馴染んでいます。
地域の運動会にも出ちゃったりして……(笑)
新生活も落ち着き、
告白——25年目の秘密——も終わって、
VIVANTも二週連続休みでやることがないので(やっと今日だ)
今のうちに北九州で過ごした2年2カ月を振り返って、
「何を得て、何を学んだんだろう?」ということを、書き残しておこうと思います。
お時間ある方は、お付き合いいただけると嬉しいです~(^^♪
得たもの —— 作家という生き方 ——
北九州で得たもの。
これはもう、真っ先に出てきます。
『作家』という生き方を見つけたこと
昨年、2025年7月に、
『失敗の手紙 二十歳の俺から、未来の僕へ』という小説を出版しました。
でも僕は、小さい頃から小説家を目指していたわけではありません。
物心ついたときから本を読むのは好きでしたが、
「将来の夢は小説家です!」なんて一度も言ったことがない。
それが北九州に来て、興味本位で文章を書いているうちに、
「あれ……俺、物語を書くのめっちゃ好きじゃね?」と気づきました。
そこから小説を書き始めて、一年後、本当に一冊の本になった。
いやぁ、人生、何があるかわからないものですねぇ~(笑)
数年前の僕に、
「お前、25歳になったら小説書いてるぞ」と言っても、
「いや、誰と間違えてんの?」ってなると思います。
北九州に来ていなかったら、この生き方には絶対に出会ってなかったと断言できるので、
そう考えると、北九州に来た意味はとても大きかったです。
た・だ・・・・・
北九州での2年2カ月を振り返ったとき。
最も大きく残っている感情は、
意外にも『達成感』じゃなかったんですよね。
〝悔しさ〟です。
もっとできた。
もっと頭を使えた。
もっと泥臭くがんばれた。
——もっと本気になれた。
いろんなことをやったからこそ、
「もっとできただろ……」という気持ちが残ったんだと思います。
そして、この〝悔しさ〟が、北九州で得たもう一つの大きな学びにつながりました。

(門司港レトロ)
学んだこと——『安全』と『成長』はトレードオフ——
2年も同じ場所に住んでいると、さすがに慣れます。
これは完全に僕の感覚ですが、
1年だと、ちょっと物足りない。
2年だと、ちょっと長い。
たぶん1年半くらいが、
「まだ新鮮!」と
「そろそろ慣れてきたな」の絶妙なラインなんじゃないかと。
思い返してみれば、新卒で上京して住んでいた三鷹(東京)も、最後のほうはけっこう飽きてました。
でも、< 飽きる > って全然悪い側面だけじゃないんですよね。
飽きたということは、「その場所に〝安全〟を感じるようになった」ということでもあるからです。
知らなかった道が、いつもの道になる。
知らなかった街が、自分の街になる。
知り合いも増えた。
観光名所も回った。
スーパーのポイント5倍デーも覚えた。
――明日もたぶん、今日と同じように普通に生きていける。
これって、めちゃくちゃ幸せなことです。
先が見据えられる〝安全〟があるからこそ、
旅行、夢、結婚、子育てなど、おおよその人生設計ができるからです。
だって、いきなりアマゾンのジャングルに放り出されて、
「じゃあ、今日からここで暮らしてください!」と言われたら、
「寝れるか!!!」ってなるじゃないですか(笑)
アナコンダがすぐ隣にいるかもしれない状態で、
「来月の結婚式どうしようか」なんて旦那さんが言ってたらどうします?
マヌケ具合に呆れて婚約破棄すると思います(笑)
だから、『安全な未来がおおよそ予測できる』ことって、すごく幸せなことなんですよね。
ただ、どんなことにもトレードオフがあるように——。
安全を < 得る > と同時に、< 失う > ものもあるんですよね。
それが、『ハングリー精神』です。

(関門橋)
安全に慣れすぎると、ハングリー精神が消える。
——これが、北九州での2年2カ月を通して、僕が得た1番の学びです。
「心地いい」が増えるほど、「変えたい」が減っていく
とも、言い換えられるかもしれません。
何度も言いますが、「心地いい」「安全だ」と感じられるのは、とても幸せなことです。
そう感じられるようになるまでの自分の努力、積み重ねた日々、育んだ人間関係があると思うからです。
でも同時に、ちょっと怖い言葉でもある。
「別に不自由ないし、このままでもいいか」を繰り返して、気づいたら5年、10年経っていた。
それは、僕が生きたい道ではありません。
だったら、ちょっと居心地が悪くても、
「この先どうなるんだろう?」と思える場所へ行ってみる。
そっちのほうが、僕には合っているんだと思います。

(小倉城竹あかり)
ということで、京都に来ました
今のとこ「めっちゃ軽いノリで引っ越した感」がプンプンしていますが、
今回、僕が京都に引っ越した一番大きな理由は、
『ビジネスを本気で伸ばすため』です。
というのも、京都には、僕が大学生の頃からビジネスを教えていただいている方がいます。
そしてその方から、「京都に来て一緒にビジネスやろうよ」と言っていただきました。
それを聞いたとき、僕の中で、
「あ、たぶん今だな」とビビッときたんですよね。
誰かから声をかけてもらったり、
思いもよらぬ方向からチャンスがやってきたり、
自分の中でなんとなく「そろそろ動いたほうがいいな」と感じたり、
いろんな偶然が重なる瞬間って、そうそうない。
もちろん、引っ越すとなればお金もかかります。
生活も変わるし、人間関係も変わる。
仕事だってどうなるかわからない。
新しく住み始めた家・地域が全然合わず、すぐに引っ越す羽目になるかもしれません。
考え始めたら、「動かない理由」なんて100京個くらいつくれます。
だから、アレコレ考えず、
ビビッときたら、サッサと動く。
かの有名な < ビビササの法則 > です。(知らんけど)
そんな感じで、「よし、京都行こう」と決めました。
まぁ『言われるうちが花』とも言いますもんね。
とはいえ・・・・・
京都に引っ越しただけでビジネスがうまくいくとは思っていません。
京都に住むだけでビジネスがうまくいくなら、日本中の経営者が京都に大集合しています。
ビジネスを教えていただいている人の近くに行ったからといって、その人が僕を成功させてくれるわけでもない。
結局は、
『自分で考えて、自分でやる。』
これしかありません。
誰かに変えてもらうわけじゃない。
京都という街に変えてもらうわけでもない。
結局、変わるのは自分次第です。
ただ、自分で動くことを大前提にしたうえで、
ちょっとだけ環境の力を借りる。
僕にとって京都は、人生を変えてくれる場所ではなく、
自分で人生を変えていくための、ほんのちょっとのスパイス。
それくらいの存在です。

(皿倉山からの夜景)
ありがとう北九州
というわけで、北九州での2年2カ月が終わりました。
作家になって、
本を出版して、
新しいことに挑戦して、
いろんな人に出会って。
そして、「もっとできたよなぁ」という悔しさも残って……。
でも、なんだかんだ、それでよかったと思っています。
逆に26歳で、「いや〜、もう十分やり切りましたわ! 人生」なんて言っていたら、そのほうが心配です(笑)
まだまだやりたい。
もっとおもしろいことをしたい。
もっといろんな景色を見たい。
もっと失敗もするだろうし、
その分、「うおおおお!!やったぞー!!!」みたいな瞬間も、これからたくさんあるでしょう。
京都に来てまだ3週間弱。
今のところ、マックとスタバが多いことと、地域の運動会に出たことくらいしかわかっていません。
どうなるかはマジでわからない。
この先、ビジネスがトントン拍子にうまくいって大金持ちになっているかもしれない。
逆に借金まみれでインドの捨て犬みたいになってるかもしれない。
また意味わからんことを始めるかもしれない。
まあ……全部おもしろそうなのでヨシ!!!
いつか京都を離れる日が来たら、またこうやってブログを書きたいです。
「京都では、こんなことができました!」って。
そのときの僕が、今よりちょっとでもおもしろい人間になっていたら最高です。
最後に——
北九州で出会ってくれた皆さん。
僕の人生に『作家』という新しい道をつくってくれた北九州。
2年2カ月、本当にありがとうございました!!
そして京都! これからよろしく!!
さあ、次は何をやらかしましょうか!!!(笑)

(シェアハウスの木塀で釣りしてる猫三銃士)


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